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takashisatoのここだけの話

仕事のことをたまに、普段考えるいろいろなこととか、近所の勝どきとか豊洲の話も

シリアルアントレプレナーとして自分が今までやってきたことをふりかえる (その2 20代後半のころ)

自分のこと モバイル・ネットのこと 仕事のこと
前回のつづきです。読まれていない方は前回からお読みください。

takashisato.hatenablog.com

 
我々はインキュベーターであると説明するVCの方(当時は副社長だった石部さん)からの話では、私が運営している事業事業化が先行していたOH!NEWのように可能性があるから(当時彼らはNTTレゾナントに6億円で買収されそうになった)一緒にその事業拡大に専念して大きくしようという話でした。
 
サラリーマンをやりながら週末にサービス運営をしていた自分にとっては、本当にそれに価値があるのか、片手間に事業計画を作ったりしながら、サラリーマンを辞めまで踏み込む価値があるのかということに悩みながら、サービス運営はそのまま続けてユーザーはどんどん増えていきました。
 
そんなこんなでいろいろやっているときに、当時はまだマークシティにあったCAモバイルの小野さんと知り合う機会がありました。2000年12月の頃です。ちなみにこの方は当時からモバイルサイトのことにやけに詳しくビジョンもあり、事業推進についてもいろいろできそうな人でその後モバイル業界の重鎮となられる方です。当時CAモバイルはWAP向けの広告商材はほとんど取り扱っていなかったのですが、どういうわけかとても懇意にしてくれました。
 
そのタイミングで、たまたま2chをWAP向け携帯から使えるようにというコンセプトで作ったitokyoをもじってつけたitokioという名のスレッド型携帯専用掲示板サイトを立ち上げようとしていた話を彼にしたところ(当時はWAP向け端末からまともに使える無料のコミュニティサイトがほとんどなかった、wapnavi.netからユーザー送客してコミュニティとして拡大できるのではと思っていた)その話を面白がってくれ、小野さんは数万人のユーザーをほぼ無償で流してくれました。これが起爆剤となり掲示板サイトは無事離陸しました。
 
この掲示板を通じて、自分が接点を持ち得なかった携帯サイトのエンドユーザーの方といろいろと知り合いになることになりました。ガテン系の仕事をされている方や、深夜仕事をしている専門職方や、専業主婦の方や女子中学生の方などなど、PCを持たず高額の通信料を払ってもなお携帯だけでインターネットを活用する人たちがたくさんいたことに個人的にはとても驚きました。
 
また、検索サイトは交差点サイトのような感じで、たくさんの利用者が浅く使うのですが、掲示板サイトは一定の人たちが濃く使うというものでした。運営の仕方も、収益の上げ方もまったく異なる双方を一人で運営していくという経験もできました。わかってはいたことなのですが、掲示板サイトのほうは広告の売り上げなどはあがらず、逆にシステム的にはすぐに負荷がかかったりするようになったり、投稿内容を管理したりすることになり、次第に運営を圧迫していくことになりました。
 
それでも、掲示板サイトのヘビーユーザーの方になるとパケット通信料を毎月10万円以上支払って利用してれる人が数千人いらっしゃったりするような状況だったので、自分が作ったサービスをそんなに依存して使ってくれているサービスがただ嬉しくて、体がもつ限り喜んで運営していました。
 
VCの人との話し合いは続け、その過程で知り合ったとある携帯向けグリーティングカードサイトの運営会社と一緒に事業をやっていこうという結論になりました。このタイミングで私の人生で唯一のサラリーマン人生も終わりました。ただその後体調をくずしたり、先方の社長さんとの見解の相違で、結局半年程度で喧嘩別れすることになりました。このときに事業提携の難しさを知ったのと、個人対会社で契約する難しさを経験することになりました。また喧嘩別れをするときどういうことが起こるのかということもよくわかりました。
 
その後サービスは大きくなったのですが(パケット定額制でない時代で、それぞれPV数は数千万規模になりましたので当時ではなかなかの規模だったと思います)運営に疲れ持病のアレルギー疾患がピークだったため、検索サイトと掲示板サイトは別の会社の方に譲渡し、モバイル業界の急激な発展もひと段落したところだったので休学していた大学院に復学しました。検索サイトのほうはEzweb公式メニューのオープンサイト(yahoo!モバイルなどの公式サイトではない携帯サイトが入れる枠がEZwebにはあった)として認定されて事業が拡大しました。
 
大学院では、掲示板サイトと検索エンジンの運営でわかった携帯ユーザーの動向を修士論文としてまとめ、教授面接では大学院では経済誌に書くような修士論文を書く場所ではないと断罪されながらも無事卒業することになったのですが、そのタイミングで自分は今後何をするべきか、今までの自分は大学院を休学し体を壊してまで何をしてきたのか、ということに悩みました。
 
体を壊してまで踏みこんだモバイル業界からはなれる決断をするのか悩んだのですが、これまでの経験を糧により大きなことを実現することが重要ではないかと思うようになりました。
 
そこで、経験を生かせるポジションで就職活動をするべきかと思い、就職活動も兼ねて複数の方々にお会いするのですが、その中の一人に以前世話になったICPの石部さんがいました。彼はうちに就職してモバイル業界の投資担当者になるぐらいなら、親を説得して自分のために両親がとってある結婚資金をぶんどってくるぐらいのことをして、自分で自分が立ち上げる会社に投資して事業をやれと言うのです。
 
今までずっと個人で携帯サイトを運営してきた経験として生かし、リベンジとして会社として事業としてサイトを運営してみようと思ったことはあったのですが、少々驚きました。特に事業のネタらしいネタもないのに、まずは会社を作れ、起業しろすべてはそれからだと彼は言うのです。
 
いろいろ考えた挙句、それをするには自分を突き動かす何かおおきな大義のようなものが必要だと思いました。
 
自分は好奇心旺盛だと思うのですが、あきっぽいところがありました。そんな自分自身をおいつめてまじめにやらないと経営はうまくいかない、会社をやるとはそんなに甘いことではないと思いました。しかも当時は2003年にはいったばかりで、ネット企業がネットバブル崩壊後、死滅しきった冬の時期です。
 
そこでふと同じタイミングでパケット定額制の時代が来るのではないかという話を耳にしました。
 
その話を聞いたとき、ソフトバンクで展開したヤフーBBによってADSLが一気に普及し、PCインターネットが大衆化したのと同じことがモバイルインターネットの世界においても起こりうることを感じました。10万円以上の通信料を払うユーザーを見てきた自分にとって、モバイルインターネットのステージが大きくかわるような気がしました。
 
そのチャンスを感じたタイミングと、モバイルインターネットユーザーこそが、過去に自分が運営してきたサイトで出会った多様なユーザーの方々こそが、私の考える「インターネットを普通の人の感覚で使う庶民」であると思い、それをよりよくすることに大義があると思いました。
 
有料コンテンツを配信する公式コンテンツ事業や、無料着メロがメールで届くメディアではなくではなく、モバイルインターネットの利用促進の中心にはモバイルWebがあると思いそれを利用者のためにいいサービスを提供したり流通を加速・拡大していくことこそが、新しい時代を作るのではないかと思いました。これこそが自分を突き動かす大義になると思いました。
 
その思いを2003年3月に表参道のバーで夜中の3時までグテグテになりながら力説したところ石部さんは聞き入れてくれて投資しよう、一緒に会社を立ち上げようと言ってくれました。彼はファンドからではなく会社から直接投資すると言いました。
 
最後の壁はお金を借りてこなければならない両親でした。彼らは私がやっている仕事をパソコンかぶれのコンピューターオタクの道楽だといってなかなか理解してくれませんでした。実家に戻って地元の学習塾の教師をしろと言う始末でした。
 
たまたま手元にあったコカコーラのペットボトルについていた携帯向けサイトのキャンペーンの応募シールを見せ、モバイルインターネットはこうして着実に身の回りにサービスとして浸透しているしこれにチャレンジしないのはおかしいといって(むちゃくちゃな論理だったけど)、最後は泣きながら説得しました。
 
人生で最初の起業ビットレイティングスを創業したのが、その後まもなく2003年7月のことでした。28歳になったころです。(つづく)
 
追伸
その3の記事を書きました。

takashisato.hatenablog.com

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