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takashisatoのここだけの話

仕事のことをたまに、普段考えるいろいろなこととか、近所の勝どきとか豊洲の話も

天王洲もお別れ

2011年1月から働いていた天王洲アイルの街ともお別れ。会社が六本木に引っ越すときがやってきた。

思い返せば天王洲に引っ越したのは、モブキャストに入ってまだ間もなくて、社員数が15人ぐらいの頃。当時の旧中目黒本社は一軒家で15人ほどしか社員が入れなかったので、ドタバタする形での引っ越しだった。

当時は私がほとんどの国内の事業を見ていた頃で、モバゲーに提供を開始したファンタジーゲームが絶不調で、あのモバプロも立ち上がって間もなくゲームバランスに課題を抱えているタイミング。まだ会員数が10万人に到達していなくて、一日の売上げも数万円ぐらいだったと思う。当時の稼ぎ頭と言えばWebサッカーだったのが懐かしいけど、すでにそのタイミングで2011年は徹底してモバプロのマーケティングにお金を使うことを決めていたというのがどこか斬新であった。

ただ、天王洲に引っ越したはいいものの、当初はフロアが広すぎて落ち着かなかった。そして引っ越し直後に、あの東日本大震災がやってきて、ビルが倒れそうになったりしながら、なんとか生き延びて、その後一年後に増床して、会社が上場して、人が一気に増えて、会議室を極限まで減らして従業員数が100人になっての引っ越しとなった。

天王洲といえば、なんといってもTYハーバー。モブキャストの慣習として「幹部はどんなに会社が大きくなって忙しくなっても、週に一度は飯を一緒に食え」という社外役員のアドバイスに従い毎週月曜のランチはここで飯を食べてきた。TYハーバーはとにかく「高い」。だから社員はあまり頻繁には行きたがらない。でも、飲み物が飲み放題だし、リラックスできるその空間が私は案外好きだった。

あと個人的には、天王洲に引っ越ししなければ、今の勝どきの住まいに引っ越すことはなかっただろうなと思う。もし引っ越していなければ子どもも生まれていなかったような気もするので、なんだか不思議な気分である。

あ、そうそう、私のモバプロのチーム名は「はよこいりんかい線」。引っ越した当初23時ぐらいに帰宅することが多かったとき、りんかい線の本数が少なくて電車が全然来ないとぶち切れてつけた名前だったような。

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