takashisatoのここだけの話

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なぜモブキャストの仕事を手伝うことになったのか

今回は単なる独り言です。

昨年秋に前職の立場から退いたとき、自分が次に何をするべきか、少しだけ悩もうとしたのですが、悩んでいる暇がなく、当時の直感でモブキャストに参画することになりました。モブキャストに行くことをこれまての知人に伝えた際に「なんで起業しないのか」「モブキャストって何?」「なんでそんな会社に行くのか?」「どうせすぐにやめちゃうんでしょ」といったことを言う人が多かったのを良く覚えています。(むしろそういう反応が得られたとき参画したのは正しいと思いましたが)

そもそも私にソーシャルゲームのプロデュースはできるのか、とか、SAP会社にアグリゲーション事業やプラットフォーム事業をやってきた人が入り込んでも何も出来ないのでは、というような印象を持ったのがおそらく正直なところだったのだと思います。(そして、今もそう思っている人にたびたび出会います)

なぜ当時起業しなかったのかといえば、起業をあおる・支援するようなイベントが盛んになってきて、起業することがカジュアルになってしまったこと、起業はチャレンジではなくて、起業家にとってはまわりに「こついチャレンジャーだな、バカだなあぁ」と思わせてしめしめと思いつつ、自分の心の中では一発一中ぐらい精度が高くないとやるべきではないと思っている中で、自分を起業に追い込めるぐらいの強力な確信が持てずに状況もそうした方向に進まなかったことがありました。

また、どうせソーシャルアプリケーションの会社に行くなら、もっと世の中が見渡せる当時最先端の有名企業に行くべきでは、とも感じましたが、そもそもサラリーマンっぽい社内業務には向いていないし、次の仕事は何をするかよりも誰とするか、を重視しようと思ったため、自分が前向きに接することが出来てかつ人間として興味がある人たちと一緒に仕事がしたいなあと思って、シリアアントレプレナーや(すでに成功しており、経験があり、リスクがとれる環境を持ち大胆に決断できる起業家)、コンテンツを作る人や、世代や考え方の異なる人のそばで仕事をしてみたいなあと思いました。ネット系の人たちと仕事をしても、これまでの延長線上で学べるものも偏ったものになるのではと思ったのも大きかったです。おかげさまで引き出しはそれなりに増えたと思います。

参画後、最初はゲームのことを見つつ、見よう見まねで予算編成を行いそれの責任を負い、利益の推移を見つつ人員の増強をすすめ、ゲーム配信本数を増やし、ゲムッパのポータルを準備っぽいことをすすめ、一定の規模に至ったので、ゲーム開発・運営業務は専門家に任せつつ、ゲーム配信ポータルプラットフォームを整備するに至る、というのが今の姿です。

モブキャストに入り込んで最初に感じたこととは、コンテンツ制作事業とコンテンツ配信事業は実は全然違うものなのですが、モブキャストには配信事業にフォーカスした能力を持った人がいなかったように感じたことでした。

私は配信側の人間なので、どう作るかよりもどう配信するか、配信した結果どうなったか、にしか興味がありません。作れないなら社外から調達すればいいわけでし、配信していく上でよりよいものにしていくために、時間がかかるけれど社内でやっぱりつくるべきだという結論に至ることもあります。

私自身はゲームを制作することはできないのですが、配信していく(運営しながらよりよいものに改善していく舵取りをする)というのは、できるのだ、とこの半年ぐらいいろいろやってきて自信が出てきました。そして、配信していく人たちは、私に限らずヤフーさんやら、CPと呼ばれる範疇で事業をしている大半の会社さんなど、世の中にやっている人はいろいろいるので、彼らができない、制作できることに根を下ろしてサービス作りをする中で、モブキャストらしい配信事業・流通事業(メディア事業)の形を見いだせばよい、と思うに至りました。そうした中でモバプロが生まれました。ポータルは透明な存在でモバプロにフォーカスしてマーケティングすることになりました。

モバプロのおかげで、モブキャストはV字回復企業としてレッテルを張られその後少しは有名になるわけですが、どうせモバプロだけでしょ、と陰口をたたかれないために、いろいろな布石を打ちつつも、モバプロをさらに強くする、というのが次の役割なのです。

それにしても、私は別にモバプロは作ってないし直接運営はしてないし「この半年、何をやってきた人ということになるるのか」社長にそういう質問をすると、結果がすべてだから気にする必要はないよとなぐさめてくれる今日この頃です。マネジメントとか経営ってそういうものなのでしょうかね。

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